ラクスル(4384・2026年5月上場廃止)は、印刷のシェアリングプラットフォームから出発し、「仕組みを変えれば、世界はもっと良くなる」をビジョンに掲げたプラットフォーム企業です。6年間で売上を172億円から620億円へ3.6倍に成長させ、15件超のM&Aを実行。その成長モデルは「Buy & Build」 ― 買収した企業をプラットフォームに統合し、テクノロジーとマーケティングの力で成長させるアプローチです。
2025年12月にはゴールドマン・サックス系ファンドとのMBO(約1,300億円)を実施して上場廃止。短期的な市場の目を気にせず、長期的なM&A戦略を自由に追求するための選択でした。
目次
企業概要と業績推移
業績推移(決算短信より)
| 決算期 | 売上高 | 営業利益 | 経常利益 | 純利益 |
|---|---|---|---|---|
| 2019年7月期 | 171.7億円 | 1.4億円 | 1.3億円 | 0.7億円 |
| 2020年7月期 | 215.0億円 | ▲2.4億円 | ▲3.7億円 | ▲4.9億円 |
| 2021年7月期 | 302.6億円 | 2.2億円 | 1.3億円 | 1.6億円 |
| 2022年7月期 | 339.8億円 | 4.6億円 | ▲1.7億円 | 10.2億円 |
| 2023年7月期 | 410.2億円 | 17.7億円 | 11.7億円 | 13.3億円 |
| 2024年7月期 | 511.2億円 | 25.2億円 | 20.4億円 | 21.2億円 |
| 2025年7月期 | 619.5億円 | 38.2億円 | 34.6億円 | 27.0億円 |
| 2026年7月期予 | 750-770億円 | 45-50億円 | 43-48億円 | 29-34億円 |
売上は6年で3.6倍。特筆すべきは、FY2020の営業赤字からFY2023以降は一貫して増益トレンドを維持していることです。営業利益率はFY2023の4.3%からFY2025の6.2%へ改善しており、売上成長と利益改善を両立しています。
セグメント別推移
| セグメント | FY2024売上 | FY2024利益 | FY2025売上 | FY2025利益 |
|---|---|---|---|---|
| 調達PF(旧ラクスル事業) | 471億円 | 51.4億円 | 576億円 | 73.9億円 |
| マーケティングPF(ノバセル) | 35.5億円 | ▲3.6億円 | 38.3億円 | ▲2.6億円 |
| その他 | 4.7億円 | 1.1億円 | 4.8億円 | ▲1.0億円 |
調達プラットフォームが利益の全てを稼ぐ構造です。FY2025の調達PFは、紙系印刷235億円・非紙系/ノベルティ247億円・梱包資材94億円の3本柱。特に梱包資材(旧ダンボールワン)は買収後のM&A効果が最も明確に出ている領域です。
財務体質
| 指標 | FY2022 | FY2024 | FY2025 |
|---|---|---|---|
| 総資産 | 286.3億円 | 438.6億円 | 443.0億円 |
| 純資産 | 83.6億円 | 110.6億円 | 113.2億円 |
| 自己資本比率 | 29.3% | 32.3% | 32.6% |
| のれん | 47.1億円 | 77.3億円 | 66.8億円 |
| 現金 | 136.8億円 | 170.1億円 | 155.6億円 |
のれんはFY2024の77.3億円から償却で66.8億円に減少。自己資本比率は32%台で安定しており、M&A投資と利益蓄積のバランスが取れています。
M&A戦略 ― 「Buy & Build」と「戦略的分離」
ラクスルのM&A戦略は2つの軸で構成されています。
軸1:Buy & Build(調達プラットフォームのロールアップ)
印刷・梱包・ノベルティ等の中小企業向け調達領域を連続的に買収し、ラクスルのプラットフォームに統合するモデルです。15件超の買収のうち大半がこのカテゴリに属します。
- 買収先はEV/EBITDA 3-4倍と規律ある水準で取得
- 買収後のEBITDA成長:+32%(1年目)、+105%(2年目)
- ダンボールワン、ハンコヤドットコム、トートバッグ工房等、いずれもニッチなBtoB ECを統合
軸2:戦略的分離(自社インキュベーション事業の最適構造化)
社内で立ち上げた事業を、成長フェーズに合わせて最適な資本構造・ガバナンス構造に移行させるアプローチです。
| 事業 | 起源 | 現在の形態 | 理由 |
|---|---|---|---|
| ハコベル | 2015年社内起業 | セイノーHDとのJV(ラクスル49.9%) | 物流は物理資産が必要。セイノーの拠点網と組み合わせ |
| ジョーシス | 2021年社内起業 | 持分法適用関連会社(外部資金179億円調達) | グローバル展開に巨額資金が必要。独立ファイナンスが合理的 |
| ノバセル | 2020年社内起業 | 100%子会社 | マーケティング領域、自社グループ内で育成 |
「買収で統合する事業」と「分離して独立成長させる事業」を明確に使い分けている点は、メドレーの「吸収合併 or 戦略的撤退」と類似していますが、ラクスルの場合は撤退ではなく「最適構造の選択」として位置づけている点が異なります。
M&A案件の個別分析
主要M&A一覧
| 時期 | 買収先 | 金額 | 事業内容 | 結果 |
|---|---|---|---|---|
| 2020年10月 | ペライチ | 4.9億円(49%) | ホームページ作成SaaS | ○ 2025年3月に100%化 |
| 2020年12月 | ダンボールワン | ~45億円(2段階取得) | 梱包資材EC(日本1位) | ◎ 売上2.9倍、2023年8月吸収合併 |
| 2021年9月 | ネットスクウェア | ~12億円 | オンデマンド印刷 | ○ 2024年11月完全子会社化 |
| 2023年10月 | AmidA HD(ハンコヤドットコム) | 非開示 | 印鑑EC | ○ 2024年7月吸収合併 |
| 2024年3月 | Wild Side | 非開示 | メディアバイイング | 統合済(ノバセル) |
| 2024年6月 | Antoo | 非開示 | 動画制作 | 統合済(ノバセル) |
| 2024年6月 | A-Link Service(トートバッグ工房) | 非開示 | トートバッグ印刷 | ○ 2025年11月合併 |
| 2025年2月 | All Marke | 非開示 | Webマーケティング | 統合中 |
| 2025年7月 | メーリングジャパン | 非開示 | DM発送代行 | 統合中 |
| 2025年8月 | 丸玉工業 | 非開示 | 紙袋製造 | 「Raksul Crafts」に改称 |
| 2025年12月 | はんこ奉行 | 非開示 | 事務用品EC | 統合中 |
| 2026年2月 | Team Like(ビニプロ) | 非開示 | ビニールカーテンBtoB | 統合中 |
| 2026年2月 | ROS | 非開示 | Web制作・PC貸与 | 統合中 |
1. ダンボールワン(2020-2022年)― Buy & Buildのモデルケース
日本最大の梱包資材ECプラットフォーム「ダンボールワン」を2段階(49.9%→100%)で約45億円かけて取得。Buy & Build戦略の代表的成功事例です。
PMIの経過:
- ラクスルから15名の人材を派遣し、課題特定と改善策の実行を推進
- デジタルマーケティング(ラクスルの315万ユーザー基盤を活用した集客)を投入
- 単品(ダンボール箱)から多商品展開(緩衝材、テープ、包装紙等)に拡大
- 2023年8月にラクスル本体に吸収合併
結果:買収時の売上約33億円からFY2025で梱包資材セグメント94億円(2.9倍)に成長。のれんはFY2022の47.1億円から償却進行中。
2. ハコベル ― 「持たない」判断の合理性
2015年に社内で立ち上げた物流プラットフォームを、2022年にセイノーホールディングス(9076)とのJV化(ラクスル49.9%、セイノー50.1%)に移行。ラクスルの持分は株式譲渡価額10.0億円で精算されました。
判断の背景:物流は物理的な配送拠点・車両が競争力の源泉であり、テクノロジーだけでは解決できない。セイノーHDの物流ネットワークと組み合わせることで、ラクスルの資本負担を抑えつつ事業価値を最大化する選択でした。
3. ジョーシス ― グローバル独立への賭け
2021年にラクスル社内で立ち上げた企業IT管理SaaS「ジョーシス」は、2022年3月に持分法適用関連会社化。外部からシリーズA/Bで計179億円を調達し、40カ国以上で展開しています。
創業者の松本氏が個人的にもチャンピオンする事業であり、ラクスルは将来の再連結権を保持。巨額の資金が必要なグローバルSaaS事業を、コアの印刷事業と切り離して育てる判断です。
PMIアプローチ ― 3段階統合モデル
ラクスルのPMIは「文化・プロセス統合 → 効率化 → 収益拡大」の3段階で標準化されています。バイセルの「共通化→効率化→高度化」と類似しますが、ラクスルはより人材派遣を重視しています。
| 段階 | 内容 | 期間 |
|---|---|---|
| 1. 文化・プロセス統合 | ラクスルから10-15名を派遣。取締役会構成・HR制度・KPI管理を導入 | 1-3ヶ月 |
| 2. 効率化・コスト最適化 | テクノロジーとオペレーション知見の移植。サプライチェーン最適化 | 3-12ヶ月 |
| 3. 収益拡大 | ラクスルの315万ユーザー基盤を活用したクロスセル。多商品展開 | 1年- |
PMIの再現性を支える仕組み
- 専任M&Aチーム(2024年設立):パイプラインに200社超の買収候補。年間6-10件のペースで実行
- 「新卒→PMI責任者」の人材育成:社内でPMI経験を積んだ若手が買収先の経営幹部に就任するキャリアパスが確立。FastGrowの記事で紹介された木下氏は新卒からPMI責任者に成長した事例
- EV/EBITDA 3-4倍の買収規律:高すぎるバリュエーションでは買わない。割安な企業を買収し、PMIで価値を上乗せするモデル
数字で見る成否
Buy & Build の投資効果
| 指標 | FY2024 | FY2025 |
|---|---|---|
| M&A企業群の EBITDA成長(1年目) | +32% | ― |
| M&A企業群の EBITDA成長(2年目) | +105% | ― |
| 買収時 EV/EBITDA | 約4倍 | 約3倍 |
買収先のEBITDAが2年で2倍になるという実績は、ラクスルのPMIモデルが機能している証拠です。買収時のバリュエーションがEV/EBITDA 3-4倍と割安であることを考慮すると、PMI後の2年でインプライドバリュエーションは実質1.5-2倍に下がる計算になります。
時価総額・バリュエーションの推移
| 時点 | 時価総額 | イベント |
|---|---|---|
| 2018年5月(IPO) | 約452億円 | 東証マザーズ上場 |
| 2019年9月 | ~1,215億円 | IPO後のピーク |
| 2022年7月 | 317億円 | 市場全体の調整 |
| 2025年12月 | 770億円 | MBO発表前 |
| MBO取引 | ~1,300億円 | GS系ファンド+経営陣 |
| 2026年5月 | ― | 上場廃止 |
1,300億円MBO ― なぜ非公開化したか
2025年12月、ゴールドマン・サックス系ファンド(R1 Inc.)と経営陣によるMBO(TOB価格1,900円、プレミアム39.5%)が発表され、2026年3月にTOB成立。5月に上場廃止しました。
MBO後の資本構成
| 株主 | 持分比率 |
|---|---|
| ゴールドマン・サックス系 | 50.0% |
| 松本恭攝(創業者・会長) | 23.7% |
| 永見世央(CEO) | 26.3% |
MBOの理由とM&A戦略の関係
ラクスルがMBOを選択した背景には、Buy & Build戦略と上場維持のコンフリクトがあります。
- M&Aによるのれん・統合コストが短期業績を圧迫し、四半期ごとの市場評価と長期的なプラットフォーム構築の時間軸が合わない
- 買収頻度が年間6-10件と高く、各案件のIR説明コストが増大。市場との対話が非効率化
- 非公開化により、3-5年の長期視点でM&AとPMIを推進する自由度を確保
これはバイセルのように上場を維持しながらロールアップするモデルとは対極的な選択です。M&Aを成長の中核に据える企業が、上場維持と非公開化のどちらを選ぶべきかという問いに対する、ラクスルの回答がMBOでした。
PMI視点での示唆
「仕組み化されたPMI」がBuy & Buildの成否を決める
- PMIは「型」にできる ― ラクスルとバイセルの共通点
バイセルの「共通化→効率化→高度化」+Cosmosと、ラクスルの「文化統合→効率化→収益拡大」+人材派遣は、PMIを属人的なプロジェクトではなく再現可能な仕組みにした点で共通している。Buy & Build型M&Aの成功には、この「型化」が不可欠 - 「持たない事業は手放す」判断が資本効率を高める
ハコベルのJV化、ジョーシスの外部ファイナンスは、「全てを自社で持つ」よりも合理的な選択。メドレーのメディパスMBOと同様、事業ごとに最適な資本構造を選ぶポートフォリオマネジメントが機能している - EV/EBITDA 3-4倍の「規律」がリスクを抑える
割安な企業を買い、PMIで価値を上乗せするモデルは、MIXIのフンザ115億円のような「高値掴み→全損」のリスクを構造的に回避している。買収時の過剰なプレミアムは、PMIで創出すべきシナジーの閾値を引き上げ、失敗時のダウンサイドを拡大させる - MBOは「M&A戦略の延長線上」にある
上場維持のコスト(四半期IR、短期業績圧力)がBuy & Build戦略の実行を阻害するなら、非公開化は合理的な選択肢。ただし、非公開化後のガバナンス(PE+経営陣の緊張関係)がPMIの質を維持できるかが今後の論点
現時点での評価:○ 成功。15件超のBuy & BuildでM&A先のEBITDAを2年で2倍に成長させ、全社売上3.6倍・営業利益率6.2%を実現。EV/EBITDA 3-4倍の規律ある買収と、「文化統合→効率化→収益拡大」の3段階PMIモデルは、日本のBuy & Build型M&Aのベストプラクティスとして評価できます。MBO後の非公開環境でこの成長モデルをさらに加速できるかが、次のフェーズの焦点です。
PMIの基本については「PMIとは?」解説記事を、統合初期の進め方については「PMI 100日プラン」を、PMI支援を行う会社についてはPMIコンサルティング会社・支援会社一覧をご覧ください。
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