RIZAPグループ(2928・札証アンビシャス→東証グロース)は、「結果にコミットする」のキャッチコピーで一躍有名になったパーソナルトレーニングジム運営企業である。札幌証券取引所アンビシャスという新興市場に上場するフィットネス企業が、わずか2年半で62社をグループに組み込む大量M&Aを展開した。しかし、その成長を支えていたのは「負ののれん(割安購入益)」を営業利益に計上する会計手法であり、見かけ上の利益を膨張させていたに過ぎなかった。2018年11月の大幅下方修正を経て、2019年3月期には最終赤字194億円に転落。M&A戦略の凍結と非中核事業の大量売却を余儀なくされた。

本稿では、RIZAPの大量M&A戦略がなぜ崩壊したのか、「負ののれん」という仕組みの本質的な問題点、そしてPMI(Post Merger Integration)不在の買収がもたらす帰結を分析する。

目次

  1. 買収の背景:「結果にコミット」からM&A拡大へ
  2. 「負ののれん」のメカニズム
  3. 主な買収案件と失敗
  4. 崩壊:2018年11月の大幅下方修正
  5. 再建の道のり
  6. PMI視点での教訓

1. 買収の背景:「結果にコミット」からM&A拡大へ

札幌アンビシャス市場からの出発

RIZAPグループの前身は、2003年に設立された健康食品通販会社「健康コーポレーション」である。豆乳クッキーダイエットなどの健康食品で業績を伸ばし、2006年に札幌証券取引所アンビシャス市場に上場した。アンビシャス市場は北海道に本社・事務所を置く企業を対象とした新興市場であり、東証に比べて上場基準が緩く、時価総額も小規模な企業が多い。RIZAPにとって、この「小さな市場」からの出発は、後のM&A拡大戦略において重要な意味を持つことになる。

2012年に開始したパーソナルトレーニングジム「RIZAP」が爆発的にヒットし、テレビCMの「ビフォーアフター」映像が社会現象に。売上高は2014年3月期の126億円から2017年3月期には952億円へと、わずか3年で約7.5倍に急拡大した。

瀬戸健社長のコングロマリット構想

RIZAP事業の成功に自信を深めた瀬戸健社長(当時)は、「RIZAPメソッド」を他の分野にも展開するという壮大な構想を掲げた。その核心は、「人は変われる」というRIZAPの理念を企業再建にも適用するという考え方だった。業績不振企業を買収し、RIZAPの経営手法で立て直すことで、グループ全体を「自己投資産業のグローバルNo.1」に育てるというビジョンである。

しかし、この構想には致命的な問題があった。RIZAPが得意としていたのは「個人の肉体改造」であり、異業種の企業を経営改善するノウハウは社内に存在しなかったのである。それにもかかわらず、M&Aの対象は健康・美容関連にとどまらず、アパレル、出版、CD・DVD販売、ゲーム・レジャー、住宅関連など、コア事業とは無関係な分野にまで際限なく拡大していった。

買収の加速:2年半で62社

2016年4月から2018年9月までの約2年半で、RIZAPグループは累計62社をグループに組み込んだ。年平均25社近いペースであり、単純計算では2週間に1社のハイペースで買収を続けたことになる。この異常な買収ペースは、後述する「負ののれん」の会計処理と密接に結びついていた。買い続けなければ利益を出せない構造が、買収の手を止めることを許さなかったのである。

2. 「負ののれん」のメカニズム

負ののれんとは何か

通常のM&Aでは、企業の純資産(帳簿価額)を上回る価格で買収を行い、その差額が「のれん(Goodwill)」として計上される。これは将来の超過収益力への対価であり、買収先の事業価値がそれだけ高いことを意味する。

一方、「負ののれん(Bargain Purchase Gain)」は、これとは逆のケースである。企業の純資産を下回る価格で買収した場合に発生し、日本の会計基準(JGAAP)では、この差額を営業利益として即時計上することが認められている。

なぜ帳簿価額以下で買えるのか

帳簿価額以下で企業を取得できるケースには、正当な理由がある。それは、対象企業の業績が著しく不振であり、帳簿上の資産価値が実態を反映していない場合である。具体的には以下のような状況だ。

つまり、負ののれんが発生する企業は、本質的に「割安」なのではなく「業績不振」なのである。帳簿価額以下でしか買い手がつかないほど、事業としての価値が毀損している。この根本的な事実を、RIZAPの会計処理は見えにくくしていた。

RIZAPの「負ののれん経営」の仕組み

RIZAPのM&A戦略は、以下のサイクルで回っていた。

  1. 業績不振企業を帳簿価額以下で買収する(多くは1円〜数億円の安値)
  2. 帳簿上の純資産と取得価額の差額を「負ののれん(割安購入益)」として営業利益に計上
  3. 見かけ上の営業利益が膨張し、決算発表時に「増収増益」をアピール
  4. 株価が上昇し、さらなる買収の資金調達が容易になる
  5. 次の買収を実行し、再び負ののれんを計上する

このサイクルの問題は、買収した企業の事業そのものは赤字のままであることだった。負ののれんは買収時の一時的な会計上の利益であり、翌期以降は買収先企業の営業赤字がそのままグループの業績を圧迫する。そのため、利益を維持するには毎期新たな買収を続けて負ののれんを計上し続ける必要があった。

見かけの利益と実態の乖離

RIZAPグループの決算を「負ののれん」の影響を除いて見ると、実態は全く異なる姿が浮かび上がる。

決算期 公表営業利益 負ののれん計上額 実態営業利益
2017年3月期 101億円 約57億円 約44億円
2018年3月期 136億円 約78億円 約58億円
2019年3月期
(修正後)
▲33億円 約15億円 ▲48億円

2018年3月期の公表営業利益136億円のうち、約57%にあたる78億円が負ののれんによるものだった。これを除いた実態営業利益は58億円であり、公表値の半分にも満たない。さらに、買収した子会社群の多くが赤字を垂れ流していたため、実態としてのグループの収益力は年々悪化していたのである。

3. 主な買収案件と失敗

主要買収先一覧

RIZAPグループが買収した企業は多岐にわたるが、特に損失が大きかった主要案件を以下に整理する。

買収先 事業内容 買収時期 取得額 主な問題
ワンダーコーポレーション CD・DVD・ゲーム販売 2018年3月 約65億円 半年で39億円損失
ジーンズメイト カジュアル衣料品 2017年6月 約4億円 既存店売上の深刻な低迷
ぱど フリーペーパー・地域情報 2017年9月 約5億円 フリーペーパー市場の構造的縮小
SDエンターテイメント ボウリング・アミューズメント 2016年12月 約7億円 シナジー未発揮
サンケイリビング新聞社 生活情報紙 2017年4月 約5億円 紙媒体の広告市場縮小
堀田丸正 アパレル卸 2017年3月 約2億円 アパレル卸市場の衰退
タツミプランニング 注文住宅 2017年12月 約15億円 住宅事業とのシナジー不在

ワンダーコーポレーション:半年で39億円損失

最大の失敗案件は、茨城県を地盤としたCD・DVD・ゲーム販売チェーンのワンダーコーポレーション(WonderGOO運営)の買収である。2018年3月にTOBで約65億円を投じて子会社化したが、買収からわずか半年で39億円の損失を計上した。

ワンダーコーポレーションの問題は明白だった。CD・DVD市場はストリーミングサービスの普及により構造的に縮小しており、ゲームソフトのダウンロード販売の拡大も実店舗の存在意義を脅かしていた。これは買収前の時点で誰もが認識していた市場トレンドであり、RIZAP経営陣がなぜこの投資を承認したのかという根本的な疑問が残る。

RIZAPは「ワンダーコーポレーションの店舗でRIZAP関連商品を販売する」というシナジーを描いていたが、CD・DVD販売店の顧客とフィットネス商品の顧客層は大きく異なっており、このシナジー仮説自体に合理性が乏しかった。

SDエンターテイメント:「シナジーが発揮されなかった」

北海道でボウリング場やアミューズメント施設を運営するSDエンターテイメントの買収も、象徴的な失敗案件である。瀬戸社長自身が後に「シナジー効果が想定通り発揮されなかった」と認めたこの案件は、RIZAP流M&Aの問題点を集約している。

そもそもフィットネスジムとボウリング場のシナジーとは何だったのか。RIZAPは「健康増進」という大きな括りでの統合を想定していたが、ボウリング場の顧客がパーソナルトレーニングを求めているわけではなく、また逆もしかりであった。「同じ『体を動かす』業態だから」という浅い分析に基づく買収判断だったと言わざるを得ない。

ジーンズメイト:アパレル不況の中での買収

カジュアル衣料品チェーンのジーンズメイトは、買収前から既存店売上高の前年比割れが常態化していた。ユニクロをはじめとするファストファッションの台頭により、中価格帯のカジュアル衣料品チェーンは軒並み苦戦していた時期に、あえてこの市場に参入する合理性は乏しかった。

RIZAPはジーンズメイトの店舗を「RIZAPブランドのアクティブウェア販売拠点」に転換するという構想を掲げたが、店舗のロケーション、顧客層、店舗スタッフのスキルセットのいずれもフィットネスウェア販売に適していなかった。結果として、既存のジーンズ販売は低迷を続け、新規事業への転換も進まないという二重苦に陥った。

4. 崩壊:2018年11月の大幅下方修正

営業利益230億円予想が33億円の赤字に

2018年11月14日、RIZAPグループは2019年3月期の通期業績予想を大幅に下方修正した。その内容は市場に衝撃を与えた。

項目 当初予想(2018年5月) 修正予想(2018年11月) 差異
売上高 2,500億円 2,200億円 ▲300億円
営業利益 230億円 ▲33億円 ▲263億円
経常利益 220億円 ▲60億円 ▲280億円
最終利益 159億円 ▲70億円 ▲229億円

実際には最終的な赤字額はさらに膨らみ、2019年3月期の最終赤字は194億円に達した。

構造改革関連費用93億円の内訳

下方修正の主因は、M&Aで取得した子会社群に係る構造改革関連費用93億円の計上である。その内訳は以下の通りだった。

費用項目 金額 内容
店舗閉鎖損失 約40億円 不採算店舗の大量閉鎖に伴う原状回復費用・違約金等
在庫評価減 約40億円 子会社の過大在庫の実態価値への洗い替え
のれん減損 約13億円 回収可能価額を下回ったのれんの減損処理

特に注目すべきは在庫評価減の40億円である。これは、買収した子会社の帳簿上の在庫価額が実態と大きく乖離していたことを意味する。負ののれんの計算において、この在庫が帳簿通りの価値で算入されていたとすれば、負ののれんの金額自体が過大に計上されていた可能性がある。買収時のデューデリジェンスが不十分だったことを示す証左である。

M&A凍結宣言

下方修正と同時に、RIZAPグループは新規M&Aの凍結を宣言した。2年半にわたって月2件ペースで買収を続けてきた企業が、突如として「買収を止める」と宣言したことは、これまでの成長モデルの完全な否定を意味していた。

瀬戸社長は記者会見で「M&Aのスピードが速すぎた」「PMI(買収後の統合)が追いつかなかった」と述べたが、より正確には、PMIを行う意思も体制も最初から存在しなかったと評価すべきである。

松本晃カルビー前会長のCOO辞任

2018年6月にCOOとして招聘されていた松本晃氏(カルビー前会長兼CEO)は、就任からわずか半年後の2018年12月にCOOを辞任した。松本氏は就任直後から子会社群の実態調査を行い、「構造改革が必要」と強く主張していたとされる。下方修正の決断には松本氏の影響があったと見られるが、その後の経営方針を巡って瀬戸社長との間に溝が生じたとされている。

カルビーを年商1,000億円超の優良企業に育て上げた松本氏をもってしても、RIZAPグループの混乱した経営を立て直すことは困難だった。62社に膨れ上がったグループの経営実態を把握するだけでも膨大な時間が必要であり、問題の根深さは外部から招聘した一人の経営者で解決できるレベルを超えていたのである。

5. 再建の道のり

非中核事業の大量売却

M&A凍結宣言以降、RIZAPグループは大量に抱え込んだ子会社の整理に着手した。「美容・健康・フィットネス」をコア領域と定義し、それ以外の事業を非中核事業として順次売却・譲渡していった。

これらの売却は、買収時の取得価額を大幅に下回る価格での処分となるケースが多く、売却損の計上が続いた。「負ののれん」で計上した利益をはるかに上回る実損を被ったことになる。

経営資源の集中

非中核事業の売却と並行して、RIZAPグループはコア事業への経営資源集中を進めた。RIZAPジム事業の収益改善、グループ本体のコスト削減、不採算店舗の閉鎖など、地道な構造改革に取り組んだ。

2020年以降はCOVID-19の影響でフィットネス業界全体が打撃を受けたが、RIZAPはオンラインサービスの強化やプログラムの多様化により対応。2022年3月期には4年ぶりの営業黒字を達成し、ようやく再建の道筋が見えてきた。

chocoZAPによる再成長

再建を決定づけたのが、2022年にスタートしたコンビニジム「chocoZAP(チョコザップ)」である。月額2,980円(税抜)で24時間通い放題という低価格モデルは、高単価のパーソナルトレーニングとは正反対のアプローチだった。

chocoZAPは急速に店舗を拡大し、会員数は急増。RIZAPグループの売上高を再び押し上げる原動力となった。注目すべきは、この成長がM&Aではなく自社開発の新規事業によって実現されたことである。皮肉にも、大量M&Aの失敗を経て、RIZAPは「自らの手で事業を作る」という基本に立ち返ることで復活の糸口をつかんだのだった。

6. PMI視点での教訓

教訓1:「負ののれん」はM&A成功の指標ではない

RIZAPの事例が突きつける最大の教訓は、「割安に買えた」ことは「良い買い物をした」ことを意味しないという当たり前の事実である。帳簿価額以下でしか買い手がつかない企業には、それだけの理由がある。市場が縮小している、事業モデルが陳腐化している、組織が機能不全に陥っているなど、「安い」には「安い理由」があるのだ。

会計上は負ののれんとして利益計上できるが、それは買収時点の一時的な計算上の話に過ぎない。買収後に事業を改善できなければ、帳簿上の利益は程なく実態の損失に飲み込まれる。

教訓2:PMI不在のM&Aは投資ではなく消費である

RIZAPグループのM&Aに共通していたのは、買収後の価値創造プランが存在しなかったことである。「RIZAPメソッドで立て直す」という漠然とした方針はあったが、具体的に何を、いつまでに、誰が、どうやって実行するのかという統合計画(PMI計画)は策定されていなかった。

M&Aの本質は、買収することではなく買収後に価値を創造することにある。統合計画なきM&Aは、投資ではなく単なる資金の消費である。RIZAPの62社買収は、まさにこの典型例だった。

教訓3:コア事業との関連性がシナジーの前提条件

フィットネスジムを運営する企業が、CD・DVD販売チェーン、フリーペーパー会社、ボウリング場を買収して、どのようなシナジーが生まれるのか。この問いに対する説得力のある回答は、買収時点で存在しなかった

M&Aにおけるシナジーとは、単に「同じグループにいること」ではなく、具体的な価値創造のメカニズムが必要である。顧客基盤の共有、技術の移植、コスト削減のための統合など、明確なシナジー仮説がないM&Aは、単なるコングロマリットの膨張に過ぎない。

教訓4:経営リソースの分散は統合の敵

62社を傘下に収めたRIZAPグループだが、それらを統合管理できる経営人材、管理体制、ガバナンスの仕組みは用意されていなかった。買収した企業の実態すら十分に把握できないまま次の買収に走るという悪循環は、PMIの観点からは最悪のパターンである。

PMIの成功には、統合を推進する専任チーム、各子会社の業績をモニタリングする管理会計体制、経営課題を早期に発見するガバナンスの仕組みが不可欠である。これらが整備されないまま買収件数だけを増やすことは、経営リソースの分散と管理不全を加速させるだけだ。

教訓5:M&Aは「量」ではなく「質」で評価すべき

RIZAPの大量M&Aは、件数や投資総額では確かにインパクトがあった。しかし、M&Aの成否は買収件数ではなく、買収後に創出した価値の総和で評価されるべきである。62社を買収して194億円の赤字に転落したRIZAPと、厳選した数件のM&Aで着実にシナジーを実現する企業。どちらが優れたM&A戦略であるかは明白だ。

特に注目すべきは、RIZAPの再成長がM&AではなくchocoZAPという自社開発の新規事業によって実現されたことだ。この事実は、「M&Aは成長の万能薬ではない」こと、そして持続的な成長にはコアコンピタンスに根差した有機的な事業開発が不可欠であることを示している。

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